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新しい視点で○○○を活動する The Road toword Ra-King

自己紹介information

Toritateninの素顔

12帖程の洋間の中央に両袖机を置き、その周りにオーディオ、TV、アクアリウム、ベッド、タンス、本棚などを置き自らの城とする。机の上には2台のパソコン。自分で使うパソコンは部品を買ってきて組み立てる。部品が余れば予備のパソコンも作り直し、それでも余った部品が部屋の彼方此方に転がっている。テレビの横には、最近では活躍の機会を失った一眼レフ:ニコンF100。昔はよく富士山や城や花の写真を撮りに行ったものだ。凝り性なものだから交換レンズも揃えているが、最近はお目にかかったことがない。レンズにカビでも生えていないか心配だ。スキューバダイビングを始めたのは25歳の時。もちろん機材は全て自前。数年間のブランクを経て2008年よりリゾートダイバーとして復活。55型のプラズマテレビを衝動買いしたのは2006年のこと。専用の台まで含めると凄い金額となったが、毎日使うものはケチるべきではない。一体いくら金をかけたことだろう。私は、形のあるものに金を使うのが好きな男だった。そんな男が、ラーメンの食べ歩きを始めたのは2003年1月のこと。KELLYから発売されていたムック『東海ラーメン道』を手にした数日後のことだった。

なぜ「ラ王への道」を立ち上げたのか?

時は2002年まで遡る。当時、リース建築会社に勤めていた私は、滞納家賃の督促と滞納者の追い出しに生き甲斐を感じていた。自然と裁判所に足を運ぶ機会も増え、そうでなくても名古屋市内を比較的広範囲に仕事で動き回ることが出来た私は、ラーメンの食べ歩きをするようになった。食べてきては、とあるラーメンサイトに書き込む毎日を送っていた。そんなある日、そのサイトの管理人でもなく、主宰者でもない一介の閲覧者から「来るな!」「書くな!」みたいなことを書き込まれた私は決意した。自分のラーメン・サイトを持とう!と。

そして・・・

既に家賃滞納者とのやりとりを書きつづったwebサイトを細々と運営していた私は、そのサイトを習作として新たなサイトの構想に取りかかった。なまえサーチ、えりあサーチ の設計だけでも一週間を要したが、当時としては他に類を見ない検索機能にこだわった。画像もこだわりのひとつだ。当時、画像でラーメンを紹介するサイトは多くなかった。サーバーの容量よりも通信速度の問題で、少しでも軽くしたいが、小さくはしたくない。画像の左辺と下辺を切って情報量を確保しつつ、画像のファイルサイズを小さくする方法を採用した。他にも随所に自分なりのこだわりを盛り込んで、およそ2ヶ月を経てこのサイトが完成した。

その後・・・

いざ公開してみても、ほとんどアクセスがない。一週間でカウンターが30回るか回らないか・・・自分自身のアクセスを差し引くと悲しいほどの反響だった。当時の最王手サイトに相互リンクを申し込んでも返答はなく、途方に暮れていたある日、仕事で結婚情報誌の営業マンの対応をした私は、ポロっと自分のサイトのことを口にしてしまった。それが縁となって、某ラーメン情報誌にサイトを紹介して貰えることとなった。アクセス数は確かに増えた。しかし、1日に100もカウンターが回らない。そこへ私より少し早くラーメンサイトを立ち上げていた方からリンクの申し出をいただいた。「実録ラーメン屋データ」のマコト調査員さんだった。サイト運営のノウハウを幾つか伝授していただき、自分なりの工夫も加えて毎日・・・そう毎日の更新にこだわってサイト運営を続けていると、アクセス数は増加の一途を辿るようになった。1日に100件を超えるようになり、400件を超えるようになっていく。情報誌へ掲載していただく機会も増え、1000件、2000件・・・とアクセス数は伸びていく。新聞やラジオなどの取材も増え気がついたら、多い日で10000ものアクセスを得るようになっていた。